コピーライターの左ポケット

左のポケットからは
思いがけないものがでてきます
役に立たないけれど捨てられない
自分にだけたいせつなものです

「コピーライターの左ポケット」は
RADIO BERRY-76.4☆FM栃木の
日曜日22時からの番組「柴草玲のイヌラジ」の
小さなコーナーでした
コピーライターがストーリーを書き
柴草玲さんが音楽をつけながら朗読をしてくださり
5年の長きにわたって続けることができました
番組の最終回は2015年3月29日でした
お聴きくださった皆さま、このサイトを訪問してくださった皆さま
ありがとうございました

なお、原稿と音声のみをご覧になりたいかたは
裏ポケットへどうぞ ↓
http://02pk.seesaa.net/



2014年10月05日

こんな寒い晩は新生姜ですね

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雨が降って寒い一日でしたね。
最高気温が20℃なかったですもんね。

いまで17℃くらいかな。
熱々の炊き込み飯と味噌汁がうまかったです。

ホットカーペットをつけたら猫が喜びました。

さて、こんな寒い日は新生姜ですよ。
味がさっぱりしているので
夏向きだと思っている人もいるでしょけれど
生姜そのものにカラダをあたためる作用がありますから
寒い日にもいいわけです。
熱々のご飯に刻み込むだけでもいいですよ。
ついでにゴマもふりかけますか。
ゴマもカラダをあたためます。ネギや紫蘇もです。
新生姜にネギ、ゴマ、紫蘇。なんかうまそうな組み合わせですね。
ご飯がおいしくなりそうです。お茶漬けもいいなあ。

ところで、とても簡単な炊き込みご飯風というのがあります。
あくまでも「風」です。炊き込むわけではありません。
まず、鮭缶がありますね。
鮭缶は高いって思ったら鯖缶でもいいんです。鯖缶うまいです。
炊きあがったご飯にほぐした鯖缶と
刻んだネギと刻んだ新生姜を入れて混ぜるんです。
塩はほぐした鯖缶に振っておいてください。
ついでに醤油もじゃっとかけておきます。
これがご飯の塩味になります。
混ぜたらそのまましばらく蒸らします。
熱いうちに食べてくださいね。
生姜とネギで風邪を予防するホカホカご飯です。
寒がりのポケット社長におすすめしたいです(さ)


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2014年10月03日

紅葉の栃木 (栃木の秋 2)

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上は奥日光の湯の湖。紅葉がはじまりました。↑

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霧降高原の天空回廊はすでに見頃を迎えています。↑

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山王林道も負けていません。↑

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戦場ヶ原はススキがキレイです。↑

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そして、上の写真はRadioBerryの田辺さんが撮影した那須の姥ヶ平の紅葉。
圧倒的にキレイですね。

桜は里から山へ登っていくけれど、紅葉は山から里へ下りてきます。
栃木の紅葉はまだまだ楽しめそうです。

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2014年09月29日

熊本に帰っていました。

熊本では夏と秋の攻防戦が大詰めを迎えており、
8回の裏あたりを戦っているくらいで、
秋側は満塁ホームランでいっきに突き放しにかかり、
ピッチャーを使い果たした夏側のベンチにはうつむく夏の姿が
見受けられるといった感じでした。
その視線の先には蝉の死骸が転がっていたのかもしれません。
つまり、熊本は肌寒いくらいに涼しかったというわけです。

熊本の秋は、毎年9月終わりに行われる「藤崎八旛宮秋季例大祭」を
境に急速に深まっていきます。
それは、別名「馬追い祭り」とも言われるように、
しめ縄などで飾られた馬のあとに勢子と言われる人たちがつづき、
まさに人馬一体となって街を狂喜乱舞しながら練り歩くという祭りです。
いちばんの見所は、やはり暴れ馬でしょうか。
太鼓やラッパの爆音に驚いた馬が走り出そうとするのを、
ハッピに「口取り」と刺繍された男衆がなだめ、
かといってただ大人しくさせるのではなく、
巧みな手綱さばきで適度に暴れさせて
後ろ足を蹴り上げ跳ねるように仕向けるのですが、
その馬の迫力に、観客たちは怯えながらも歓声をあげるのです。
個人的には、博多どんたくや長崎くんちのように、
全国的にもっと有名になってもいい祭りだと思っていますが、
きっとそうはならないでしょう。
だって、品がないんだもん。
Webで検索すると、下品で低俗で熊本の民度の低さを象徴している
祭り、なんてひどいことを書いている人もいるけど、
その通りなんだもん。
馬はいつ暴れ出すか分からないし(たまに蹴られて怪我人も出る)、
ところ構わず糞をするし、
勢子のお兄さんたちは、顔はクログロ、
髪はツヤツヤウネウネで全体的にエグザイルだし、
お姉さんたちはお姉さんたちで、
画家になったつもりか自分の顔面をキャンバス代わりに塗りまくった上、
盛大にくるんとさせた長いまつ毛はラージヒル状態だし、
こんな男女がこんな祭りで出会えば終わった後はやることはひとつで、
祭りのあとの熊本市内のホテルはどこも満室だろうし、
泊まれなかったカップルたちは、
路肩にとめた車をゆらりゆらりと時に激しく上下に揺らすことになるに違いなくて、
ほんとにもう下品で低俗です。
動物保護の観点からもほめられたものじゃない。
馬がかわいそうじゃないかと言われたらなにも言い返せない。
誰だってあの馬の寂しげな目に見つめられたら、ぎゅっと胸をしめつけられる。
おまけに熊本の特産品といえば馬刺です。いろいろと考えさせられます。
加えて、この祭りの起源がよろしくない。
加藤清正の朝鮮出兵がはじまりだから、このご時世、
この祭りを手放しで褒めたりすることはためらわれます。
だから、ぼくは、この祭りがメジャーになることはないと思います。
でも、それでいいような気もします。
むしろ、メジャーになんかなるなっていうか。
もし全国各地から観光客がやってくるようになったら、
県はすぐに、糞が不潔だから馬にオムツをさせなさいとか、
そもそも馬は危険だからポニーにしなさいとか言い出すかもしれません。
そうなると、どんどんお上品なことになって、誰のための祭りだか分からなくなる。
このお祭り、ただでさえ規制が厳しくなっています。
ぼくが子供の頃は「ボシタ祭り」と呼ばれて親しまれていたのに、
諸事情で最近ではそう言えなくなってしまっています。
仕方なく「藤崎八旛宮秋季例大祭」と正式名称で
呼ばれているのですが、それではなんだか堅苦しい。
「どんたく」や「くんち」と似て
親しみやすい響きだったのに「ボシタ」という呼び方は。
それなのに今はもうそう呼べないんなんて。くそう。なんかくやしいな。

でも、まあ、そんな祭りを今年は久しぶりに見ることができました。
あいかわらず下品でした。
馬たちは、便秘の人が見たらうらまやしさで
発狂するくらい盛大に馬糞をしておりました。
その匂いに、ぼくは懐かしさを覚えました。
子供の頃、大人たちに「馬糞ば踏むと足が速くなるとばい」と
そそのかされてほかほかを踏みにいかされたものでした。
右足で踏んだら「右足だけ速くなったら、そこでぐるぐる回ることになるばい」と
言われて、左足でも踏まされたものでした。子供にそんなこと言うなんて、
熊本の大人は、ほんとに卑劣で低俗だと思います。
あのときの靴ごしのぬくもりは今でも覚えています。
祭りの翌日、熊本の気候は、半袖でも大丈夫なくらいに
暑さがいったん勢力を取り戻しましたが、その翌日にはやはり再び肌寒くなり、
今年もそろそろ秋の勝利でゲームセットがコールされそうな様子でした。(う)
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2014年09月28日

上田浩和 2014年9月27日放送

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503

             上田浩和

その日は、
高校に入学して最初の実力テストの結果が出た日で、
クラスメイト数人がりゅうくんを囲みなにやら騒いでいた。
「こいつ503番てよ」「全部で何人だっけ」
「503人」「最下位だ。すげーね」
そう言って囃し立てるクラスメイトたちの真ん中でりゅうくんは、
むしろ誇らしげに、芸人が笑いをとったときの嬉しそうな表情と似た笑みを浮かべていた。その頃、まだ友達がいなかったぼくは、
この人なら話しかけやすそうだと思い、
りゅうくんが一人になるのを待って話しかけた。
「りゅうくんて、503番だったと?」
りゅうくんと話したのは、そのときがはじめてだった。

りゅうくんは503という数字に縁があった。
りゅうくんが503番という学年最下位を
とってからしばらくすると、
テレビでエドウィンのCMが流れはじめた。
モンゴル草原を作家の椎名誠が馬にまたがり
疾走するだけの内容だったけど、そのなかにモンゴル人の子供が、
椎名誠に「シーナサンヨッホ」と呼びかけるシーンがあった。
おそらく「椎名さんも行こうよ」と言っていたのだと思う。
それのどこが面白かったのか分からないが、
りゅうくんは何度も何度も真似していた。
弁当を食べながらシーナサンヨッホと言いご飯粒を吹き出し、
上履きにマジックでシーナサンヨッホと書いては笑い、
授業中に当てられたときにもシーナサンヨッホと叫んで
ブルドッグ顔の公民の先生に怒鳴られたりしていた。
そして、そのCMのなかで椎名誠がはいていた
エドウィンのジーンズの型番もまた503だった。

そんな不思議な繋がりのおかげで、
ぼくのなかでは、りゅうくんと言えば503、
503と言えばりゅうくん、ということになっており、
たまにりゅうくんのことを思い出すことがあると、
りゅうくんはいつも503の真ん中の0の中から
笑顔をのぞかせてこちらに手を振っているのである。


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タグ:上田浩和
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2014年09月21日

小松洋支 2014年9月14日放送

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ナフタリン
         
        小松洋支

あたりはうす暗かった。
銀色の細い柱が等間隔で何本も立っていた。
遠くのほうの柱は、ぼうっと白く、
月の光に照らされているように見えた。

柱の表面はなめらかで、触れるとひんやりと冷たかった。
足がかりになるような凹凸(おうとつ)はどこにもなく、
登るにはかなりの困難が予想された。

柱の上の方から、かぐわしい匂いが漂っていた。
空腹を誘うような、なんともいえず甘美な匂いだった。
見上げると、柱の尽きるあたりを黒い影が覆っていた。

柱から柱へとめぐって分かったことだが、
どの柱の上にもそれぞれ黒い影が覆いかぶさっていて、
ちょうど大きなパラソルが並んで立っているような具合だった。

影の形は柱によって微妙に異なり、
それぞれに固有な模様があるようにも思われた。

とある柱の上からは、ことによい匂いが降りしきっていたので、
その魅力に抗うことができず、柱を登る決心をした。

最初は自分の背丈くらいまで登るのが精いっぱいだった。
登っては滑り落ち、登っては滑り落ち、
時には仰向けに倒れて、しばらく起き上がれないこともあった。

けれども匂いの吸引力が本能に働きかけ、
何十回も失敗を繰り返したのち、
気がつくとなんとか柱の上の方までよじ登っていた。

目の前に、影の実物があった。
それは光沢のある黒い絨毯のようだった。
雲形定規に似た不規則な形をしており、
下からでは分からなかったが、
小ぶりな赤い模様がひと所に弧を描いて並んでいた。
むせかえるような匂いに、目がくらみそうだった。

そのとき、夜が一瞬で明けたかのように、あたり一面が明るくなり、
非常に巨大な何かが近くに降りてきた。
未曾有の恐怖に身を固くしていると、それはまもなく去ってゆき、
またもとのうす暗い世界に戻った。

だが、すぐに、何か違う種類の匂いがたちこめてくるのに気づいた。
揮発性の強烈な匂いだった。
頭の芯がぐらぐらして、思わず手を離した。
あとほんの少しで届くところだった黒い影が
夢のように遠ざかって行った。
そして意識が遠のいた。

翌日、少年はまた標本箱を開けてみた。
クロアゲハの標本の下で、
ごく小さな甲虫が足を縮めて死んでいた。
昨日入れたナフタリンの匂いが鼻をついた。


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2014年09月14日

太田祐美子 2014年9月14日放送

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ポトラッチ

        太田祐美子
        
ポトラッチ。
贈り物をされたとき、そのお礼として、
さらに高価なものをお互いに贈り合い続ける。
とある民族の儀式のことだ。

たとえば。
ある村の酋長が、隣の村の酋長の家に招かれたとき、
手みやげとして魚の干物を贈る。
そんなフランクな感じでポトラッチは始まる。

隣の村の酋長は、感謝の気持ちを示すために
いただいたものより高価なものをお返ししたいと考える。
そして、干物のお礼に砂糖を贈ることにする。

そのお礼に、砂糖より高価なもの。ヒグマの毛皮が贈られる。
そのお礼のお礼に、銅のネックレスを贈る。
そのお礼のお礼のお礼として、ついに現金が贈られる。
酋長たちは負けず嫌いだったんだろう。
ポトラッチはさらに加熱する。
現金のお礼は、現金より高価なもの。
なんだ、なにがいい。
隣の村の酋長は、最愛の妻を贈ることを決意する。

人妻を贈られた酋長は、自分の家を焼き払う。
気が狂った訳ではない。大切なものを贈るどころか
それを破壊することで、返礼のさらなる高みを目指そうとしたのだ。

そのお礼は、もうひとつしかなかった。
ポトラッチ。最後には、自分の最も大切のもの。
自分の命すら差し出すこともあったという。


つきあって3年。
ピアス、財布、ネックレス、バッグ。
お互いの誕生日にプレゼントを贈り合ってきた。
そろそろ小箱がパカッとあいて、
暗黙の了解的に左手の薬指につけるアレが
贈られる頃合いなんじゃないの?
そう思っていたんだと思う。

彼が私にくれたものは、靴だった。
かわいいけど、うれしいけど。
私は大学の人類学の授業で学んだ、
ポトラッチのことを思い出していた。


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2014年09月13日

10月の小田代ヶ原(栃木の秋 1)

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上の写真は何年か前の小田代ヶ原。
10月の写真です。
あと半月もすればこんな景色が見られるようになります。

旅の計画を立てなければ。

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タグ:小田代ヶ原
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2014年08月31日

上田浩和 2014年8月31日放送

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8月のりゅうくん

        上田浩和

シャープペンの先端は開いた大学ノートの上を、
なめらかに動いた。
縦にすっと走った直線は、
左に折れるとそのままヘアピンカーブを描き少し行くと止まる。
その「しんにょう」のような形の中に収まるように、
小さな楕円を三つ。
うち二つには円の内側に点をひとつずつ置く。
次にしんにょうの右上をカタカナのアのような形で閉じると、
先ほどのヘアピンカーブのあたりから右に直線を引く。
仕上げに、楕円の横のスペースでぐるぐるぐると、
一流のフィギュアスケーターのように4回転半、
それを二回繰り返してシャープペンは動きを止める。
そして、紙の上には忍者ハットリくんが残る。
そばにニンニンと書く。ハットリくんの口癖だ。
それを書くことで、ハットリくんらしさはぐっと上がる。
書かなくても、それがハットリくんであることは、
誰の目にも分かるのだが、
それほどそのハットリくんの完成度は高かいのだが、
相田みつをが「にんげんだもの」と書いたあとには、
必ず「みつを」と書くように、
ぼくらはハットリくんを描いたあとには
「ニンニン」と書かずにはいられないのだった。

ぼくらとは、ぼくとりゅうくんのことだ。
高校1年の頃、数学の教科書を誰かに貸して、
それが誰だったかを忘れてしまったりゅうくんは、
数学の授業のたびに席をくっつけてきた。
いちおう二人のあいだに教科書を置いてはみるのだが、
りゅうくんに見る気はなく、ぼくのノートに手をのばして
ただひたすらハットリくんを描き続けるだけだった。
ぼくも描きやすいようにと、
りゅうくんのほうにノートをずらしてあげたから、
ハットリくんはノートの上でのびのびと分身の術をくり返していた。
ぼくも一緒になって描いた。

ある日、できるだけ小さなハットリくんを
描いてみようということになった。
筆箱のなかのいちばん細いペンで描くだけでは満足できず、
りゅうくんとぼくは、シャープペンの芯の先端を
カッターで尖らせたりした。それに飽きると、
反対にできるだけ大きなハットリくんを描くことにした。
ぼくは、ノートの真ん中でシャープペンをぐるぐるとやって、
黒い丸を描いた。ハットリくんの右目の瞳のつもりだった。
これ以上大きくは無理だろうと思っていたら、
りゅうくんは、次のページの真ん中に、
ただシャープペンの先端を押し付けただけの点を描いた。
「左目の瞳」と言うつもりかと思い、鼻で笑う準備をしていたら、
りゅうくんは「ハットリくんの毛穴」と言った。
それは、夏休みの日のことだった。
課外授業のためにぼくらは教室に閉じ込められていた。
教壇では、メガネをかけた歯並びの悪い先生が、
セミの鳴き声にまみれながら二次関数について語っていた。


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2014年08月24日

細川美和子 2014年8月24日放送

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夏休みの宿題
                           
     細川美和子

1976年の夏休み、
そのスイカのタネは気まぐれに庭に埋められた。
そしてそのまま忘れられた。
ほかの兄弟たちはどこに行ったんだろう?
まっくらな土の中でスイカのタネは考えた。
でもなにも思い浮かばなかった。
包丁で切られ、スプーンでほじられ、土にうめられるまで、
タネが見てきた世界はあまりにすくなかった。
考える材料がなかったのだ。
そこでタネは、眠ることにした。
ひんやりとした土の中、タネはこんこんと眠りつづけた。
でもあるとき、誰かに激しくゆさぶられて目が覚めた。
なんだからまわりの様子が変わっている。
カラダがほとんど、土から飛び出してしまっている。
じりじりと頭の上のほうが熱い。
ああ、あれが太陽か。
かと思えば、激しい雨がタネをうちつける。
大きな黒い鳥がゆっくりと
自分を狙っているのを感じる。
ああ。暗い土のなかで、
眠っていたころがなつかしい。
それよりももっと前、
お母さんの赤いカラダの中で
眠っていたころがなつかしい。
どうしてこんなこわくてさびしい思いを
しなければいけないのか。
タネの頭と胸は、はちきれそうだった。
そして実際、プチっと音がした。
タネは自分がこわれる音を聞いた。
誰かが遠くで拍手している。


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2014年08月18日

先週は37℃の宇都宮

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先週のことです。
37℃の宇都宮へ行きました。
館林が37.2℃で、それに較べるとマシだと言われましたが、
あまり慰めにはなりませんでした。
上の写真は、県庁近くの街路樹の道です。
涼しそうですが、37℃です。

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その県庁の建物の展望室から見たのが上の写真です。
夕方になっていたので、37℃よりは下がっていたかも。
でも暑いです。

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東武線の駅前はこんな感じです(上の写真)
このあたり、賑やかですね。飲み屋もたくさんあります。

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アーケードの商店街です ↑ 面白いんですよ、ここ。

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喫煙喫茶店をさがして放浪しました。
ここはどうも禁煙っぽかったなあ。

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なぜか商店街にお化け屋敷があるのかわからない...↑

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居酒屋の名前もすごいです ↑

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帰りは東武線で帰ってきました。
新栃木までは各駅しかなくて、新栃木から特急に乗り換えます。
その各駅がなんだかよかったです。
まあ私は、ローカル線に乗っていれば機嫌がいいわけですけれども。
特急もよかったです。夏らしい緑の景色が見えました。

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そして、後から知ったことですが
私が行った同じ日に、奥日光では最高気温27℃、平均22℃ですよ。
那須が平均24℃です。
せっかく涼しいところがあるのだから、そっちへ行かないと
ダメですね(さ)


タグ:宇都宮
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