左のポケットからは
思いがけないものがでてきます
役に立たないけれど捨てられない
自分にだけたいせつなものです
「コピーライターの左ポケット」は
RADIO BERRY-76.4☆FM栃木の
日曜日22時からの番組「柴草玲のイヌラジ」の
小さなコーナーでした
コピーライターがストーリーを書き
柴草玲さんが音楽をつけながら朗読をしてくださり
5年の長きにわたって続けることができました
番組の最終回は2015年3月29日でした
お聴きくださった皆さま、このサイトを訪問してくださった皆さま
ありがとうございました
なお、原稿と音声のみをご覧になりたいかたは
裏ポケットへどうぞ ↓
http://02pk.seesaa.net/
▼
コピーライターの左ポケット
▲
2014年12月28日
上田浩和 2014年12月28日放送

りゅうくんの正月
上田浩和
りゅうくんのお父さんは、地元の有力企業の社長をしていた。
りゅうくんはそのことにはあまり触れて欲しくないようで、
お父さんの話になると、いつも顔をうつむき加減にして、
「父親はすごいけど、息子の自分はそうでもないから」
と言いたげな表情になった。
りゅうくんにはお兄さんが一人いた。
お兄さんの話になると、りゅうくんは多少しゃべってくれた。
顔がうつむき加減なのは同じだけど、
ときどきは僕と目を合わせながら、
「おれの兄貴てた、部屋にこもって出てこんつた。
オタクつたねえ。ずーっとパソコンいじりよるもん」
というようなことをぽつりぽつりと教えてくれたりした。
授業中、僕はときどきりゅうくんの家を想像した。
閑静な住宅街のなかでひときわ目立つ大きな家。
社長が住んでますって感じ。幸せって感じ。
でも、2階の奥の一室ではぼさぼさ頭の兄が、
背中を丸めてパソコンの前にうずくまっている。
一階のリビングに目をうつすと、
厳格な両親と向かい合ったりゅうくんが食事をとっている。
会話は無い。テレビも消されている。
食器が立てる音がやけに響く。幸せって感じとは、少し違う。
僕は窓の外を眺めながら、
そんなりゅう家の風景をぼんやりと思い浮かべたりした。
そして、りゅうくんがいつもくだらない話ばかりするのは、
そんな家庭環境を少しでも忘れるためじゃないかと思ったりもした。
りゅうくんの笑顔を見るたびに、
その奥に隠された影を勝手に感じ取って切なくなったりもした。
高校1年の12月。
期末試験が終わり、そろそろ冬休みという頃、
僕はりゅうくんのことが心配になった。
家族でうまくお正月をやっていけるのだろうか。
お兄さんは部屋から出て来てくれるのだろうか。
僕の想像上の家ではあるけれど、
あんなに広い家ですごすりゅう家のお正月は、
とても寒々しいものになるような気がして仕方なかった。
明けた翌年の元旦、りゅうくんから年賀状が届いた。
そこには気味の悪い緑色の物体が貼られていた。
そのすぐ横には「お正月特別付録で俺の鼻くそ付けとくけんね」という
りゅうくんの手書きの文字があった。
僕の心配は、正月の真っ青な空に消えていった。
出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:上田浩和
2014年12月21日
細川美和子 2014年12月21日放送

ほらをふくということ
細川美和子
「なんでほら貝なんですか?」
と、わたしはその山伏の人に
ふと聞いてみた。
山奥で、意気揚々とふきならすほら貝。
山伏装束にほら貝、
それはもう、そういうものだと思って
神妙な顔でその音に耳を
すませていたけれど、、、
どうして山を神聖視している人の道具が、
海のものなんだんだろう?
でもその答えはすごく納得のいくものだった。
それはだね、
とその山伏の人はうれしそうにこたえた。
海の恵みも、山があるから、うまれるんだ。
川となって流れて出て、
山のいのちが、海を豊かにするんだ。
山はお母さんなんだ。
むかしから、山に入って出てくるっていうのは、
うまれかわるっていう意味があるんだよ。
山はお母さんのカラダ、
山は母胎として、ずっとずっとむかしから
畏怖され、たいせつにされてきたんだよ。
だから、ほら貝をふくのはきっと、
おかあさんに、ふるさとに、ありがとうっって
合図してるってことなんだな。
そんな大きな循環に昔の人は気づいて、
こんな道具までしたてて、大事にしてたんだな、
と思うとちょっと感動してしまった。
そして、ニンゲンってほんとうに
むかしからマザコンなんだなあ、、、
とわたしはしみじみ思った。
出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:細川美和子
2014年12月15日
2014年12月14日
細田佳宏 2014年12月14日放送

ごめん
細田佳宏
ごめん。
夜中に電話でこんなこと言うのもなんだけど。ほんとごめん。
別にてっちゃんのこと嫌いになったわけじゃない。
うん。違う、他に好きな人できたわけじゃない。
うん。違う。貯金は関係ない。
そりゃせめてアルバイトぐらいして欲しかったけどそこじゃない。
うん。違う。バンド活動も関係ない。
というか違うもなにもてっちゃんそもそもバンド組んでないしね。
言わない。カラオケで人のお金で人の歌を歌うのはバンド活動とは言わない。
ヤフー知恵袋で聞いても言わない。
うん、違う。私のクリア寸前のドラクエのデータを勝手に消したのも違う。
違う、というか今初めて知ったしね。ずっとセーブミスかと思ってた。
え?なんでそういうことするの?私、三日ほど会社休んだよね。あの時。
自分を責めたよね。途方にくれたよね。大澤誉志幸ばりに。
言わない。だからそういうのはサプライズって言わない。
言わないよ。だから教えてgooで聞いても言わないよ。
そりゃビックリはしたよ。
相棒の最終回の録画見る前に消去された時以来のビッグサプライズだよ。
残り120時間ぐらいまだハードディスクあったよね。なんで消すの。
ごめん。怒ることじゃないよね、たかが相棒で。ごめん。
うん。違う。デート中に霊柩車を見たら親指を隠すからでもない。
違う。誕生日プレゼントが甘納豆だったからでもない。
違う。前世がビフィズス菌だったからでもない。
というかこれクイズじゃないし。別れ話だし。
しらみつぶしに当てようとしないで。流れで私から言いにくそうに言うから。
しない。三択にはしない。だからクイズじゃないし。
オーディエンスもテレホンもない。今、テレホンはしてるけど。
思ってない。うまいこと言ったとか思ってないし。
そんなにうまくないし。
ないよ。賞金とか。むしろなんであると思うの?おかしくない?
怒ってない。怒ってないけどおかしくない?
出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:細田佳宏
2014年11月30日
上田浩和 2014年11月30日放送

延長
上田浩和
9回裏だった。2アウト。ランナーなし。
次のバッターが倒れたら、そのまま延長に突入するという場面で、
1塁側ベンチの壁に取り付けてある電話が鳴った。
受話器をとったのは、すぐそばにいたコーチだった。
「はい」とコーチは言った。
「まもなくお時間となりますが、延長なさいますか?」
と電話の向こうで男が言った。コーチは聞いた。
「えっと…引き分けじゃだめですよね」
「そうですね。トーナメント戦ですし、勝敗はつけたほうがよいかと思われます」
「ですよね」
「それでは延長ということでよろしいでしょうか」
「あ、そうですね」
「15分あたり1000円追加料金をいただくことになりますが
よろしいでしょうか」
「え、そうなんですか?」
「試合開始前に係の者がご説明さしあげたと思うのですが」
「あ、そうなんですね。分かりました」
「お一人様あたり1000円になりますけど」
「え! 選手たち全員から1000円ってことですか?」
「いや、球場にいらっしゃる方全員ということになります」
「え! 観客からもってこと?」
「そうですね」
コーチは、受話器を握ったまま観客席を見渡した。
そこは人でぎっしりと埋め尽くされている。
空席などひとつも見当たらない。それもそのはずだ。
この試合は決勝戦進出をかけた大事な一戦なのだ。
5万人を越える人々が試合の行方を固唾をのんで見守っていた。
「ほんとに?」コーチの声はうわずっていた。
「試合開始前にご説明さしあげたはずですが」
「誰に?」
「監督さんにですけど。それと、これも監督さんにご説明さしあげたんですけど」
という前置きのあと、男は電話の向こうで
「延長ワンドリンク制になっておりまして」と続けた。
「え! ほんとに? まさか、それも観客全員が?」
「そうです」
「ちょっと監督と相談します」そう言い残すと、
コーチはひとまず受話器を置いた。
祈る思いでバッターボックスを見ると、
そこには我がチームの8番バッターが立っていた。
相手ピッチャーの今日の出来栄えからすると、
あいつには打てないだろう。
ベンチ前では、10回表に備えて我がチームのエースがキャッチボールをしている。
9回を投げ切ったのにまるで疲れを感じさせない。
球場全体に長い試合になりそうな気配が漂っていた。
出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
2014年11月23日
中山佐知子 2014年11月23日放送

社長の結婚
中山佐知子
社長が結婚するというニュースは
やがて新聞の一面に載る予定だが
実はそれ以前にも数人の人だけが知っていた。
その数人のうち半分くらいの人が
それぞれ身内や親しい人に情報を漏らし、
さらにそれを知らされた人がまた誰かにしゃべった。
やがて、社長の結婚なら社長本人から聞いたよという人が
あらわれはじめた。
どうやら社長本人が秘密を守りきれず
いろんな人にしゃべりはじめたようだった。
こうして、この国の首都の一部では
早くもお祝い気分が盛り上がりはじめた。
飲み屋が満員になったのは
あやかり婚を狙う社員が夜な夜な合コンが企画するせいだった。
社長の結婚パレードを内緒で知らされた人々は
テレビ中継のカメラになんとか映ろうとして
目立つ色のタキシードやオレンジ色のカツラを買いに行った。
築地では昆布が品切れになっていたが、
昆布は結納に使用されることから
水面下の結婚ブームが疑われた。
折しもボーナスの時期だった。
社長と会ったことがない人までも風潮に流され
ボーナスを手にすると買い物に走った。
結婚式のスピーチバイブル、
お部屋で社長の結婚を祝うためのスパークリングワイン。
結婚する社長に聞かせたいクラシックのCD。
社長の血液型に近づくための健康食品。
そうか、結婚は景気回復にひと役かうのかもしれない。
社員たちは今更のようにそれに気づいた。
株価はじわじわと上昇をはじめた。
首相はこの勢いに水をさすことを恐れ、
増税の延期を検討することにした。
社長の結婚のおかげで
来年はいい年になるだろう。
ああ、やれやれ。
出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:中山佐知子
2014年11月21日
出汁
中山さんから荷物が届いた。
大きなダンボールだったけど見かけほどは重くない。
開けると、緑色の筒状のタッパーが入っていた。
フタの直径は30センチくらい。
高さも僕の脛くらいまである。小さな太鼓のようだ。
それが縦に二つ積んであったから、ダンボールは大きくなったのだ。
そのタッパのあるタッパーの丸いふたを開けてみると、
なかは小さな魚の死骸でうめつくされていた。
魚だけにぎょっとした。
これが人間だったら、歴史に残る大量虐殺になる。
その首謀者が中山さんだということになると、
これまでオノヨーコ似のフェイスでラブ&ピースを
世界に発信してきた中山さんの生き様に多大な影響力があるように思えた。
しかし、その悲惨な光景は、とてもうまそうに見えた。
魚の死骸というのは、つまり煮干しのことですね。
中山さんは大量の煮干しを送ってくれたわけです。
タッパーひとつに2キロ、
それが2つだから4キロもの煮干し。すごい量です。
出汁をとれ!と中山さんはおっしゃってるわけです。
他にも乾燥わかめが一袋はいっておりました。
つまり、出汁とわかめでみそ汁をつくんなさい!と
中山さんはおっしゃっておられるわけです。
ぼくはすぐに中山さんに電話しました。
日曜日の朝10時くらいでしたかね。
中山さんはまだ寝起きの声で、
中山さんにしては珍しく朝寝を楽しんでおられたのかもしれません。
「もう届いたの?」
ええ、届きましたとも。ありがとうございました。
「それを寝る前に1リットルの水に30gつけておいたら、
出汁ができるし、朝つけたら夕方にはできるわよ。
今からつければ夕食には間に合うし」
電話を切ったあと、すぐに出汁づくりにとりかかった。
言われた通り水につけると、
煮干したちの体の表面に空気の泡がたくさんついて、
そのうち息を吹き返すんじゃないかと思えて目をそらしてしまった。
ところで煮干しって何の魚なんでしょうかね。
マグロには見えない。クジラでももちろんなさそうだし、
鯖とも違う。ヒラメやカレイほど平べったくもないし、
煮干しで検索するとWikipediaに、「カタクチイワシが一般的」とありました。
カタクチイワシだって。知らなかったな。
今度海の水はしょっぱいの?と聞かれることがあったら、
カタクチイワシから出汁が出ているからだよ、と言ってみよう。
19時くらい。ボウルのなかをのぞいてみると、
触らなくても煮干しが柔らかくなってるのが分かった。
底には、煮干したちのカケラが沈殿している。
そして、午前中はただの水道水だったものがほんのりと色づいていた。
ほおお。これが出汁ですか。
この煮干しの残り湯と言えなくもないものが、料理の基本となるのですね。
「まだ昆布が入ってないけど、うまいのができると思うわよ」という
中山さんの言葉通り、できたみそ汁はうまかった。
出汁がきいてるって、こういうことかと思った。
「出汁」と漢字で書くとどうしても「出光」を思いだしてしまうけど、
全然石油くさくないし、味が濃いというかしっかりしてるというか、
飲み慣れた牛丼の松屋のみそ汁は、
実はあんまりおいしくなかったということが分かった。
わかめと豆腐だけのシンプルなみそ汁だったけど、
徳島産のわかめは、中山さんおすすめのものだけあって、
肉厚でかみごたえがあり、かむたびにじわっとうまい。
噛み慣れた松屋のみそ汁のわかめが、
実はぺらんぺらんだったいうことが分かった。
日本人を40年近くやってきたが、
出汁からみそ汁をつくったのは家庭科の授業以来だった。
やっぱり料理っていうのは、自分でつくってみないと、
どこにこだわりがあるのか分からないものですね。
どこにこだわってるかが分かると、さらにおいしさが増すというかね。
料理に関しては全く分からないですけど、
中山さんにはいいものをもらったということは分かりました。
どうもありがとうございました。(う)
大きなダンボールだったけど見かけほどは重くない。
開けると、緑色の筒状のタッパーが入っていた。
フタの直径は30センチくらい。
高さも僕の脛くらいまである。小さな太鼓のようだ。
それが縦に二つ積んであったから、ダンボールは大きくなったのだ。
そのタッパのあるタッパーの丸いふたを開けてみると、
なかは小さな魚の死骸でうめつくされていた。
魚だけにぎょっとした。
これが人間だったら、歴史に残る大量虐殺になる。
その首謀者が中山さんだということになると、
これまでオノヨーコ似のフェイスでラブ&ピースを
世界に発信してきた中山さんの生き様に多大な影響力があるように思えた。
しかし、その悲惨な光景は、とてもうまそうに見えた。
魚の死骸というのは、つまり煮干しのことですね。
中山さんは大量の煮干しを送ってくれたわけです。
タッパーひとつに2キロ、
それが2つだから4キロもの煮干し。すごい量です。
出汁をとれ!と中山さんはおっしゃってるわけです。
他にも乾燥わかめが一袋はいっておりました。
つまり、出汁とわかめでみそ汁をつくんなさい!と
中山さんはおっしゃっておられるわけです。
ぼくはすぐに中山さんに電話しました。
日曜日の朝10時くらいでしたかね。
中山さんはまだ寝起きの声で、
中山さんにしては珍しく朝寝を楽しんでおられたのかもしれません。
「もう届いたの?」
ええ、届きましたとも。ありがとうございました。
「それを寝る前に1リットルの水に30gつけておいたら、
出汁ができるし、朝つけたら夕方にはできるわよ。
今からつければ夕食には間に合うし」
電話を切ったあと、すぐに出汁づくりにとりかかった。
言われた通り水につけると、
煮干したちの体の表面に空気の泡がたくさんついて、
そのうち息を吹き返すんじゃないかと思えて目をそらしてしまった。
ところで煮干しって何の魚なんでしょうかね。
マグロには見えない。クジラでももちろんなさそうだし、
鯖とも違う。ヒラメやカレイほど平べったくもないし、
煮干しで検索するとWikipediaに、「カタクチイワシが一般的」とありました。
カタクチイワシだって。知らなかったな。
今度海の水はしょっぱいの?と聞かれることがあったら、
カタクチイワシから出汁が出ているからだよ、と言ってみよう。
19時くらい。ボウルのなかをのぞいてみると、
触らなくても煮干しが柔らかくなってるのが分かった。
底には、煮干したちのカケラが沈殿している。
そして、午前中はただの水道水だったものがほんのりと色づいていた。
ほおお。これが出汁ですか。
この煮干しの残り湯と言えなくもないものが、料理の基本となるのですね。
「まだ昆布が入ってないけど、うまいのができると思うわよ」という
中山さんの言葉通り、できたみそ汁はうまかった。
出汁がきいてるって、こういうことかと思った。
「出汁」と漢字で書くとどうしても「出光」を思いだしてしまうけど、
全然石油くさくないし、味が濃いというかしっかりしてるというか、
飲み慣れた牛丼の松屋のみそ汁は、
実はあんまりおいしくなかったということが分かった。
わかめと豆腐だけのシンプルなみそ汁だったけど、
徳島産のわかめは、中山さんおすすめのものだけあって、
肉厚でかみごたえがあり、かむたびにじわっとうまい。
噛み慣れた松屋のみそ汁のわかめが、
実はぺらんぺらんだったいうことが分かった。
日本人を40年近くやってきたが、
出汁からみそ汁をつくったのは家庭科の授業以来だった。
やっぱり料理っていうのは、自分でつくってみないと、
どこにこだわりがあるのか分からないものですね。
どこにこだわってるかが分かると、さらにおいしさが増すというかね。
料理に関しては全く分からないですけど、
中山さんにはいいものをもらったということは分かりました。
どうもありがとうございました。(う)
2014年11月16日
小松洋支 2014年11月16日放送

トーラ
小松洋支
小さな駅の閑散とした改札口を出ると、いきなり潮の匂いがしました。
海がもう、すぐそこなのです。
駅前から道はだらだらと下り坂になっていて、
道の両側にはマッチ箱のような店がぽつぽつ並び、
置物のような老人たちが、
たばこや袋菓子、時計バンドといった珍しくもないものを売っています。
店番がいない豆腐屋の
豆腐とこんにゃくが泳がせてある背の低い水槽の水を
耳の垂れた野良犬が飲んでいます。
とても地味なブラウスやとても派手なアロハが、
くすんだ用品店の店先にぶら下がっています。
はじめて来たこんな田舎町が、
なんだか切ないような気持とともに、
もしかしたら自分の故郷(ふるさと)ではないかと思えてくるのが
いつもながら不思議でなりません。
めざす神社は海に突き出た岩場の上にあるはずです。
坂をおりきると、潮の匂いが急に強くなって、
粘り気のある湿っぽい風が髪を後ろに吹き飛ばしました。
こじんまりした港が見えます。
しかも人だらけ!
この町にこんなに人がいたのだろうか、
と思うほどの人数が突堤に集まっています。
「トーラが来るぞお」
誰かが大声で叫びました。
「トーラだ。トーラだ」
次々に声が上がります。
「トーラ」?
人波の頭ごしに沖の方を見て、立ちすくみました。
ぬめるような光を帯びた巨大ななにか、
巨大なうえに、おそらくは非常に長いなにかが、
藍色の背中を海面に見せて、港に向かって来るのです。
うねりながら近づく恐ろしげなものに目を凝らしていると、
「このおなごさ行ってもらったらよかべ」
そんな声が背後でして、肩をつかまれました。
人びとがいっせいにこちらを向きます。
大勢の手がわたしの体を前へ、前へ、
海のほうへと押し出していきます。
左手に岩場があり、神社が見えました。
幟が風に煽られています。
「十浦(とうら)神社」という文字が見えました。
十の浦と書いて「十浦」。
そのとき思い出したのです。ネットの記事にあった古い言い伝えを。
一光上人(いっこうしょうにん)が海の大蛇(おろち)を鎮め
「十浦神社」を建てたが、
三百年を経て法力(ほうりき)が解け、
大蛇は再び海辺の民を苦しめるようになった。
あるとき村の乙女が自らを生贄として差し出したところ
大蛇は乙女とともに沖へ戻って行ったという。
波のしぶきが顔にかかります。
ボートに乗っていた少女が桟橋に上がりながら、
悲しそうにわたしを見ました。
出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
タグ:小松洋支