コピーライターの左ポケット

左のポケットからは
思いがけないものがでてきます
役に立たないけれど捨てられない
自分にだけたいせつなものです

「コピーライターの左ポケット」は
RADIO BERRY-76.4☆FM栃木の
日曜日22時からの番組「柴草玲のイヌラジ」の
小さなコーナーでした
コピーライターがストーリーを書き
柴草玲さんが音楽をつけながら朗読をしてくださり
5年の長きにわたって続けることができました
番組の最終回は2015年3月29日でした
お聴きくださった皆さま、このサイトを訪問してくださった皆さま
ありがとうございました

なお、原稿と音声のみをご覧になりたいかたは
裏ポケットへどうぞ ↓
http://02pk.seesaa.net/



2014年06月22日

細川美和子 2014年6月22日放送

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お花見

       細川美和子

お花見するのに、
いちばん好きな場所は新幹線だ。

街を出てしばらくすると、
やわらかい緑の春の山に
白い山桜やピンクのソメイヨシノのが
ぽこぽことパッチワークされた風景が始まる。

そんな名前も知らない
田舎の小さな山をみながら、
昼から缶ビールを飲み、
カツサンドをほおばるのは最高だ。

特に好きなのが米原のあたり。
ほのぼのを絵に描いたみたいな田んぼが広がり、
山の入り口の神社には、
ひときわ大きな桜が咲いている。
それに、あぜ道にとうとつに
あらわれる立派な桜並木もいい。

これから田植えが始まって、
夏祭りには友達と待ち合わせて、
でも好きなあの子とは一言も話せずに
終わったりするんだろうな。
秋がきて、稲刈りの時期には
遊びたいのをがまんして
また手伝ったりするんだろうな。

なんだかとてもなつかしい。
いつか、ここに住んでみたい。
いや、いつかここに、
住んでいたのかもしれない。

、、、と、そんなことを
新幹線にのっている人は
考えているんだろうか。

1時間に何回か通り過ぎる
白と青の流線をながめながら
わたしは思った。

腰をあげて、桜の木の下をあとにする。
自転車をたちこぎしながら、
わたしは家に帰る。
とくに急ぐ必要もないのだけど。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/


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2014年06月15日

小松洋支 2014年6月15日放送

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明けがたの夢
            
         小松洋支

心理学のゼミに出ている。
なぜか教室ではなく、地下鉄の駅だ。
ハツカネズミの学習能力を調べる実験について、教授が説明している。
線路の脇に立ち、背伸びをして、ホームの端(はじ)を机代わりに
ノートをとろうとしている。
電車が来たら危ないなと思う。
しかもボールペンのインクが出ない。
ぐるぐる螺旋を書き続けても、紙をひっかくばかり。
と、不意に黒い液体が飛んできて、ノートの上にボタリと落ちる。
これをペン先につければ書けるかもしれない。
見ると教授の足もとにタコがいる。
きっと、あれがスミを吐いたのだ。

という夢から覚めた。
確かに木曜は心理学のゼミがある。
教室に着いて、ノートを開く。
パリパリと音がする。
ページの両側に黒い丸。
スミでページがくっついていた跡だ。


むこうからピンクの色鉛筆が転がってくる。
長さ7メートル、直径が50センチくらいある。
猛烈なスピードだ。
これを飛び越す。
続けて黄色の色鉛筆が転がってくる。
飛び越す。
次は空色。
その次は紫。
そのまた次は肌色。
前方を見ると、何十色もの色鉛筆が、丘の上から転がってくる。
それを、何十人もの人間が、ハードルのように飛び越している。
ははあ、これは夢だな。
明けがた近くなると、いつもはっきりした夢を見るのだ。
そんなことを考えていたので、
目の前に迫っていたこげ茶の色鉛筆に気づかず、
はね飛ばされて、どこかの縁の下に転げこむ。
板の隙間から、縁側を歩く人の足の裏が見える。

という夢から覚めた。
金曜は必修の外国語がある。
着替えようとしてパジャマを脱ぐと、
右の脛が内出血している。
色鉛筆にぶつけたのと同じところだ。


ゾンビたちに行く手を塞がれている。
後ろは断崖絶壁だ。
ケータイで助けを呼ぼうとするのだが、
テンキーが顔文字になっていて発信できない。
なにか武器になるものはないか。
足元の棒きれを拾うと、うまい棒になっている。
石を拾うと、ガチャガチャのカプセルになっている。
ははあ、これは夢だな。
だが待てよ。
このまま目が覚めると、まずいことになるかもしれない。
平和な夢で上書きしないと、危ないかもしれない。
そう考えている間にも、ゾンビたちは斧を振り上げ、
じりっじりっとこちらに近づいてくる。
背後で、波が岩に砕け散る音がする。


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2014年06月08日

三國菜恵 2014年6月8日放送

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アルバイト

       三國菜恵


わたしは少女Aです。
となりにいるのはおっさんBです。
おっさんBは写真家です。

おっさんBに雇われて
わたしはここ数日、代々木公園で撮影アシスタントのバイトをしています。
アシスタントの仕事はかんたんです。
おっさんBの隣を歩いて、
言われた位置に立ってストロボを持つだけです。

おっさんBは、公園に寝そべるカップルを撮影しています。
撮影、というより
採集、と言ったほうが近いかもしれません。
シートの上にちぢこまって座る2人を
フレームの中におさめていくカップル採集。

おっさんBはプロフェッショナルなので、
撮影可能なカップルをすぐに見抜きます。
「犬を連れている人はだいたい撮らせてくれる。後回しでよし」
「噴水の近くは外国人が多い。彼らもすぐ撮らせてくれる」
「制服のカップルは滞在時間が短い。すぐに声をかけないと」
そう言って高校生カップルに駆け寄るおっさんB。
昼下がり。時計は3時12分。

「そうそう、そのままそのまま」
シートに寝そべってチュッパチャプスをなめている2人を
おっさんBは撮影する。
映写機かと思うくらい、でかいカメラで撮影をする。
ぎょうぎょうしいカメラのほうが
偉い写真家だと思ってもらえるので都合がいいらしいのだ。

おっさんBはつぎつぎ採集を続ける。
パーカーを着た、ヒマそうな大学生カップル。
たぶん不倫中の、あみタイツの女とスーツの男。
きょうの最後の一組は、タンクトップの青年と黒いTシャツの女だった。
話せば、ふたりは女性どうしで、
タンクトップの青年のほうは、実は元女性だったという。
彼を指さし、彼女は言う。
「明日この人韓国に帰っちゃうの、撮って撮って」
写真のなかにおさまった二人は、
ただの美男美女のカップルだった。

公園のチャイムが鳴った。
バイト終了の合図です。
おっさんBはいつものようにバイト代5000円と缶ビールをくれます。
「それじゃあまた頼むね」
そう言って毎度のように去っていきました。

わたし、少女Aは
大人はビールしか飲まないものと
かんちがいして大人になりました。


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2014年05月25日

細川美和子 2014年5月25日放送

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武器商人
       細川美和子

こちら、どんなに泣いても
落ちない強力なマスカラ。
今ならどんなに泣いても落ちない
コンタクトレンズとセットで
お安くしておきます。
はい、そうです、黒目がちで、
さらに涙目に見える、破壊力が強いやつです。
あと、これ、いい感じに
やつれてみえるチークとシャドウ。
あんまりやつれすぎるとね、
逆にひかれちゃうので。
射程距離に行く前に、撤退されちゃうので。
ちょうどいい感じにね、
カモフラージュするのが肝心です。
それにさらに!
3キロやせてみえる紺のワンピース!
こちらをあわせれば、鉄板です。
いや、実際、3日でやせられる
液体酵素なんかも爆破力ありますが、、、
え?そんな武器、いらない?
本物の武器がほしい?
うーん、そういうお客さんがね、
最近多くてね、困るんですよね、、、
技術とか、能力とか、知恵とかね、
そういうリアルな
武器をほしがられてもねえ、、、
それ売り始めると、あっという間に
この世界終わっちゃうんで。
え?武器商人の詭弁?
いや、ほんとですよ。ほんとほんと。


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2014年05月18日

小松洋支 2014年5月18日放送

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         小松洋支

神を見ようとした男がいた。
2137年のことである。

男はイスラエルのハイテク企業に働きかけ、
神のシミュレーションほど効果的なPRはない、と説得して、
その企業が製造しているスーパーコンピュータを、自由に使用する権利を得た。

男の考えは、こうだ。
古代から現在に至るまで、あらゆる時代、あらゆる地域に
さまざまなかたちの神が存在する。
それは、人間が、神の一部分だけ見ているからではないか。

神を象にたとえてみよう。
ある宗教は、象の鼻に触れて、神は長くて柔らかい、と言う。
またある宗教は、象の足に触れて、神は太い柱だ、と言う。
さらに別の宗教は、象の腹に触れて、神は大きな壁だ、と言う。
そんなふうに、あらゆる宗教が神の一部分しか捉えていないのだとしたら、
すべての部分をかき集めれば、神の全体が見えてくるはずだ。

男は、宗教の聖典を次々にコンピュータに読み込ませた。
聖書、クルアーン、あまたある仏典はもちろん、
ヒンドゥー教、ゾロアスター教、ジャイナ教、マニ教、神道などの経典。
さらには途絶えてしまった古代宗教から、
近現代に新しく興った宗教まで、できる限りを網羅し、
その教え、教祖のエピソードなどをインプットした。

経典をもたない宗教については、
シャーマンや人類学者を招き、その語るところを聞きとって入力した。
これらの作業に5年近い月日を費やした。

膨大なデータが集積されると、男はコンピュータに指示した。
「これらの情報から、“神”と呼ばれる存在をシミュレーションせよ」

コンピュータは解析を始めた。
3日目にシステムトラブルを起こしたため、演算装置を100ユニット増設した。

シミュレーションの結果をいち早く知ろうと、報道関係者も詰めかけていた。

10日目、突然、すべての処理が停止した。
エンジニアたちが、何事かとコンピュータ室に走った。
報道関係者も続いた。
彼等の目に映ったのは、両手に、引き抜いたコードを何本も握って
こみ上げる笑いに肩をふるわせている男の後ろ姿だった。

「プロジェクトは終了しました。
ついに神は目撃されたのです」

そう言うと、男は、ゆっくりと振り返った。
目の焦点が合っていなかった。

「神は私にだけその姿を現し、すぐにお命じになりました。
お前を唯一の預言者と定めて、われの教えを授ける。
われを信じ、われの導きに従うよう、世の人びとに伝えよ。
われを疑う者は、おそるべき災いを以て報いられるであろう」

男の手からコードの束が床に落ちた。
ふたたび襲ってきた笑いの発作をこらえながら、
男は、立ちすくむ人びとの方へ一歩踏み出した。


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2014年05月11日

秋永寛 2014年5月11日放送

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「イグアナのこと」

           秋永寛

「ガラパゴスのリクイグアナは、生態系の頂点に君臨しているのです」
と、そのリクルートスーツの男は語り始めた。

「我がもの顔で島を歩き、個体数はどんどん増え続け、
 島中のサボテンを食べ尽くすに至ったのです。
 食料は尽きました。
 途方にくれ、海を眺めると、
 海草がゆらゆらと彼らの胃袋を誘うように身をくねらせているのでした。
 海は危険です。
 周辺の海流はとても強く、流されるともう島には戻れない。
 しかし、生き延びるには、他に選択肢がありませんでした。
 必死で岩にしがみつき、海草を食べ始めたのです。
 流されてなるものか、むしゃむしゃ。俺たちは生き延びるんだ、むしゃむしゃ。
 生命への執着は、イグアナにとある変化をもたらすことになりました。
 爪が硬く鋭くなったのです。
 海流に流されないよう、岩にしがみつける爪をもつ、ウミイグアナの誕生です。
 リクイグアナとウミイグアナ。
 自分に無いものを持つ相手に惹かれるのは、世の常なのでしょう。
 美しい浜辺で、リクイグアナとウミイグアナは結ばれました。
 数ヶ月後に生まれたのは、陸で生活しつつも爪が発達したハイブリッド種のイグアナ。
 地上のサボテンを食べるだけでなく、幹に爪をたて、
 木の上に繁る葉っぱを食べることができるようになったのです。

 こうしてイグアナはどんなピンチも、自ら変化することで生き抜いてきたのです」

そこまで一気に話すと、
面接官の前で彼は一呼吸つき、そして、続けた。

「どんなピンチもチャンスに変える、イグアナのような臨機応変さで、
 ワタクシも御社に貢献できたらと思っております」

最後は、こじつけでしかなかったけれど、なかなか立派な自己PRだった。
なるほど、、、と面接官は採点シートになにやら書き込んだ。
就活生は、自信に満ちた様子でドアを出ていった。

次の春。
その会社に、彼の姿はなかった。

代わりに、一匹のイグアナが新入社員として採用された。


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2014年04月20日

小松洋支 2014年4月20日放送

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長い旅
              小松洋支

飛行機には何時間乗ったかな。
10時間以上じゃなかったろうか。
直行便がないので、乗り換えをしなくちゃならなかった。
待ち時間が5時間!

やっと目的地の空港に着いたのは明け方で、
まだ日は昇ってなかったけど暑かった。
空港で働いている人たちはみんな明るくて、
大きい声で何か言っては笑っていた。

それからクルマで1時間。
事務所で係りの人がぼくの顔を見てヒューと口笛を鳴らした。
まだこの先長いよ、ということなんだろう。

違うクルマに乗ってまた2時間。
着いたのは狭い港町で、
煉瓦づくりの小さなアパートがひしめいていた。
あたりには揚げた魚とジャガイモの匂いが漂っている。
はだしの子どもたちがボールに群がっている。

クルマを運転してきた男といっしょに船に乗りこんだ。
海は凪いでいる。
底の岩礁までとどくほど陽射しが強い。
ウミネコが鳴いている。
いくつも島が見える。
あの島かな、と思うと通り過ぎる。
また通り過ぎる。
ときどき浜辺でこちらに手を振る人がいる。

お昼近くになって、ようやく船が速度をゆるめた。
岸近くまで濃い緑におおわれたちっぽけな島の、
白く塗られた桟橋に停まる。

男はぼくを連れて、急な坂道を上っていく。
名前を知らない南国の花が咲き乱れている。

坂のてっぺんに赤い屋根の家がある。
ドアをノックするとブロンドの女が出てきた。
目じりに笑いじわがある。
おおげさな身振りでぼくたちを歓迎する。

やがて男は片手をあげて挨拶し、船に戻っていった。
ひとりになった女はぼくをじっと見つめた。
「ずいぶん久しぶりだこと」
ぽつりと口に出す。

それからぼくの封を切り、ひろげて読みはじめた。
何度も、何度も、読み返す。

「ばかね」
女はつぶやいた。

ぼくの上に、ぽたりぽたりと、涙が落ちた。


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2014年04月13日

山中貴裕 2014年4月13日放送

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父のサックス・気仙沼

        山中貴裕

気仙沼に生まれた父は、
おおきな船をつくる仕事に憧れたが、
経済的な事情であえなくその夢をあきらめた。
家は小さな農家で収入も少なく、
年の離れた小学生の弟もいたので、
父は18にして一家の大黒柱として
家計を支えねばならなかったのだ。
それはその時代、決して珍しいことではなかった。
昭和39年、地元の公立高校を卒業した父は
気仙沼の市役所に就職し、
以来42年間、定年退職するまで公務員として働き家族を守った。

雨の日も風の日も、
毎朝7時30分に家を出て市役所に行き黙々と仕事をこなし、
休みの日は休みの日で家の畑仕事や町内会の仕事を
文句も言わずにやっていた父。
酒もタバコもやらず、これといった趣味もなかった父。
家も建て替え、そのローンを返済しながら
2人の息子を育て上げたが、
その息子たちは共に気仙沼を出て東京で働いている。
おそらく、もう地元に帰ることはないだろう。

 ねえ、母さん。
 父さんの人生は、楽しかったのかな?

定年退職のその日、
父が買って帰って来たものを見て、家族は顔を見合わせた。
それは、銀色に輝くサックスだった。
音楽が趣味だったわけでは決してない。
カラオケさえ、恥ずかしがって歌ったことがなかった。
「これ、習おうと思うんだ」と言いながら
父は照れ臭そうに、まだ吹けもしないサックスを吹いた。
調子はずれの音が、ボワンと、汽笛のように響いた。

 父さんは、我慢してたのかな?
 本当はやりたい事たくさんあったのに
 ぼくら家族ために我慢してたのかな?

母は電話の向こうで、
「どうかしらね」と笑うばかりである。
あの夜以来、父がサックスを吹いている姿を、
母も見ていないと言う。


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2014年03月30日

上田浩和 2014年3月30日放送

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33

         上田浩和

閉店間際のバッティングセンターでバットを振っている客は、
彼女だけだった。
店を閉める準備をしながら耳をすませていたが、
バットがボールを叩く金属音は聞こえてこない。
打てないのも当然だ。
彼女が相手にしてるのは150キロのマシンなのだ。
プロを目指す高校生でもない彼女が150キロに挑むのは、
彼女の顔が長嶋茂雄だからだ。
彼女は、去年3月の33歳の誕生日に、
プロ野球の神様によって顔だけ長嶋茂雄にさせられた。
長嶋の監督時代の背番号は33。
その数字の偶然を大切にしなさいと神様に言われたそうだ。
彼女は長嶋の顔を持つ者としてのプライドで、
150キロの速球に立ち向かっていた。

受付を出て閉店を告げに行くと、
彼女がちょうどネットをくぐり抜けてくるところだった。
「おつかれさまです」と声をかけた。
汗で光らせた長嶋茂雄の顔を
かわいらしいピンク色のタオルで拭いたあと
「セコムしてますか?」と言いそうな雰囲気で全く違うことを話しはじめた。
「王貞治はホームランを打ってこそだけど、
長嶋茂雄は三振しても許されるの。
みんな長嶋には打って欲しいのに、三振してもなぜか喜ぶの。
そんな人ってほかにいる?」
元阪神の川藤の顔が咄嗟に浮かんだけど、
ここは黙っておいたほうがよさそうだ。
「顔が長嶋になってからは、
会社でミスしても笑っておけば許されたし、
仲が悪かった父親までが急に態度を変えた。
何をやらかしても必ず周りがフォローしてくれた。
長嶋って愛されキャラなのよ。憎らしいほどにね。
本当の自分は真逆だったからうれしくて仕方なかった。
でも、次第に許されることを前提にするようになってたの。
ばかよね。私。
許されるってなに? 相手に妥協を強いるってことなのにね。
それに気がついてからよ、ここに通うようになったの。
私も長嶋ならホームラン打たなきゃいけないの。
だから、300円貸して。もう小銭がないのよ」
「え、でも、もう閉店なんですけど」
「私、明日誕生日なの」
「あ、おめでとうございます」
「そうじゃなくて。明日34になるってことは長嶋の顔は今日までってことなの。
 長嶋のうちにケリつけたいのよ、自分自身に」
「さっきからなにワケ分かんないこと言ってんすか」
「ねえ。天皇陛下が観戦してくださったら打てそうな気がしない?
だって、私、長嶋茂雄だから。お呼びしてよ」
「天皇陛下を? 無理っすよ。メアドも知らないし」
「tennou@docomo.ne.jpじゃない?」

事務所の方で大きな物音がしたのは、そのときだ。
振り返ると事務所から出ていく大きな影が見えた。
明らかに怪しい。
「あれ空き巣じゃないの?」
彼女が小声でつぶやいた。きっとそうに違いない。
「早く追いかけなさいよ」と言いそうな雰囲気で彼女は
「セコムしてますか?」と言った。


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2014年03月23日

細川美和子 2014年3月23日放送

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うそつき

     細川美和子

ほとんど二日酔いにはならない。
どんなにたくさん飲んでも、
眠りさえすれば、大丈夫だ。
でも、お酒を飲んだ翌朝は、
ゆうべお酒のチカラで
盛り上がってしゃべったことが
全部うそだった気がして、自己嫌悪におそわれる。
なんであんなに熱く語っちゃったんだろ。
なんであんなに調子に乗って
なれなれしくしちゃったんだろ。
自分がぜんぶ、うそでできている気がしてくる。
自分がぜんぶ、借り物の言葉でできている気がしてくる。
もう二度と、お酒なんて飲まない、と思う。
お水が一番、おいしいと思う。
これからは一生しらふで、
姿勢正しく生きていくんだ。
魚卵とか酒のあてばかり食べていないで、
サラダと玄米で、頭をクリアにするんだ。
本当に思ったことだけを、丁寧に慎重に伝えるんだ。
それでも、夕方になると、だんだんあの味が恋しくなる。
どこにもないあの味と匂いが、なつかしくなる。
お酒ができるまでの、長い道のりと時間を思う。
もう二度とお酒を飲まない、
と過ごした今日一日はうそだったことがわかる。
でも、夜のわたしは、
不思議と自己嫌悪には襲われない。
うそつきな自分を、おもしろいなあ、とにっこり思う。
そうして今日もわたしは、お酒を飲むのだ。


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