コピーライターの左ポケット

左のポケットからは
思いがけないものがでてきます
役に立たないけれど捨てられない
自分にだけたいせつなものです

「コピーライターの左ポケット」は
RADIO BERRY-76.4☆FM栃木の
日曜日22時からの番組「柴草玲のイヌラジ」の
小さなコーナーでした
コピーライターがストーリーを書き
柴草玲さんが音楽をつけながら朗読をしてくださり
5年の長きにわたって続けることができました
番組の最終回は2015年3月29日でした
お聴きくださった皆さま、このサイトを訪問してくださった皆さま
ありがとうございました

なお、原稿と音声のみをご覧になりたいかたは
裏ポケットへどうぞ ↓
http://02pk.seesaa.net/



2014年11月30日

上田浩和 2014年11月30日放送 

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延長

         上田浩和

9回裏だった。2アウト。ランナーなし。
次のバッターが倒れたら、そのまま延長に突入するという場面で、
1塁側ベンチの壁に取り付けてある電話が鳴った。
受話器をとったのは、すぐそばにいたコーチだった。
「はい」とコーチは言った。
「まもなくお時間となりますが、延長なさいますか?」
と電話の向こうで男が言った。コーチは聞いた。
「えっと…引き分けじゃだめですよね」
「そうですね。トーナメント戦ですし、勝敗はつけたほうがよいかと思われます」
「ですよね」
「それでは延長ということでよろしいでしょうか」
「あ、そうですね」
「15分あたり1000円追加料金をいただくことになりますが
よろしいでしょうか」
「え、そうなんですか?」
「試合開始前に係の者がご説明さしあげたと思うのですが」
「あ、そうなんですね。分かりました」
「お一人様あたり1000円になりますけど」
「え! 選手たち全員から1000円ってことですか?」
「いや、球場にいらっしゃる方全員ということになります」
「え! 観客からもってこと?」
「そうですね」
コーチは、受話器を握ったまま観客席を見渡した。
そこは人でぎっしりと埋め尽くされている。
空席などひとつも見当たらない。それもそのはずだ。
この試合は決勝戦進出をかけた大事な一戦なのだ。
5万人を越える人々が試合の行方を固唾をのんで見守っていた。
「ほんとに?」コーチの声はうわずっていた。
「試合開始前にご説明さしあげたはずですが」
「誰に?」
「監督さんにですけど。それと、これも監督さんにご説明さしあげたんですけど」
という前置きのあと、男は電話の向こうで
「延長ワンドリンク制になっておりまして」と続けた。
「え! ほんとに? まさか、それも観客全員が?」
「そうです」
「ちょっと監督と相談します」そう言い残すと、
コーチはひとまず受話器を置いた。
祈る思いでバッターボックスを見ると、
そこには我がチームの8番バッターが立っていた。
相手ピッチャーの今日の出来栄えからすると、
あいつには打てないだろう。
ベンチ前では、10回表に備えて我がチームのエースがキャッチボールをしている。
9回を投げ切ったのにまるで疲れを感じさせない。
球場全体に長い試合になりそうな気配が漂っていた。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/
posted by ポケット社 at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 番組原稿と音声 | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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