コピーライターの左ポケット

左のポケットからは
思いがけないものがでてきます
役に立たないけれど捨てられない
自分にだけたいせつなものです

「コピーライターの左ポケット」は
RADIO BERRY-76.4☆FM栃木の
日曜日22時からの番組「柴草玲のイヌラジ」の
小さなコーナーでした
コピーライターがストーリーを書き
柴草玲さんが音楽をつけながら朗読をしてくださり
5年の長きにわたって続けることができました
番組の最終回は2015年3月29日でした
お聴きくださった皆さま、このサイトを訪問してくださった皆さま
ありがとうございました

なお、原稿と音声のみをご覧になりたいかたは
裏ポケットへどうぞ ↓
http://02pk.seesaa.net/



2014年10月12日

中村直史 2014年10月12日放送

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「風の声」

     中村直史(なかむら ただし)

父のことを尊敬していた。年をとっても、いつも夢見がちなところがあって、
そこが好きだった。あまり家にいる人ではなかった。知らないうちに、いろん
な場所を旅していて、文学や音楽にもくわしかった。子どもに対して、ああし
ろこうしろと言うこともなかった。そのぶん、諭されたり、アドバイスをして
くれる時は、胸に響くものがあった。ただ、アドバイスといっても、ほんとう
にそれが私へのアドバイスだったのか、それとも独り言を言っていたのかは、
よくわからない。今思えば、私の生きている現実と、父の生きている現実は少
し違ったのかもしれない。父はよくこう言った。「迷った時は、風に聞いてみ
るといい」。風に聞く。意味はわからなかったが、私の胸に響いた。あとは、
こんなこともよく言った。「幸せは、いつだってお前の手の中にある。幸せは
手に入れるものじゃなくて、ただ気づくだけのものなんだ」。月日は流れた。
父ももうこの世にはいなかった。私はたくさんの人生の荒波をこえ、たくさん
の迷いに直面してきた。今日もまた、迷いを抱えた私は、父とドライブした岬
の崖の上に立って、しずかに風の音に耳をすませていた。私は風に語りかけた。
私はこれから、どうすべきだろう?びゅーびゅーと風は崖のうえを吹き抜けて
いく。風の声が私の心の中で響いた。「あるがままに」。風がさらに吹き抜け
る。別の声が心の中にこだました。「世界が奏でる音楽とダンスするんだ」。
私は風に聞いた。「あるがままに?世界の奏でる音楽?」「そう、あるがまま
に。答えはもうキミの中にあるのだから」。私は目を閉じると、風に向かって
答えた。もう・・・もう、そういうオシャレっぽいのはいいから。オシャレっ
ぽくて、もったいぶっていて、少しスピリチュアルな、そしてだいたいは、自
分らしくあればいいみたいな結論の、そういうやつは、もうほんといらないか
ら。俺もう48だから。気づけば私は大声を出していた。デートにきていたカッ
プルが何事かとこちらを見つめている。吹きつづける風に私は大声で叫んだ。
「もっと具体的に!」。風はもう私に答えてはくれなかった。


出演者情報:柴草玲 http://shibakusa.kokage.cc/


タグ:中村直史
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